その始末に困つた村の世話人達も、今ではこの盛《さかん》な光景に驚き且《か》つ怖《おそ》れた。遂には自ら熱心なる信者にならない訳に行かなかつた。
朝の読経《どきやう》の声は一村に響きわたつてきこえた。
しかし、慈海かれ自身は、決して以前の生活を改めなかつた。かれは寂然《じやくねん》として唯ひとりその室《へや》にゐた。小さな机、古い硯箱《すゞりばこ》、二三冊の経文、それより他はかれの周囲に何物もなかつた。かれは飢《うゑ》を感ずるのを時として、出て来ては七輪を煽《あふ》いだ。
しかも、かれの命を聞くをも待たずして、やがて本堂の破れた屋根は繕はれ、庇《ひさし》は新しくせられ、倒れかけた山門はもとの状態に修繕された。
女達は毎朝綺麗に廊下から本堂を掃除した。爺達《おやぢたち》は箒《はうき》を持つて一塵も残らないやうに境内を掃き浄《きよ》めた。若い女達はさま/″\の色彩を持つた草花を何処からか持つて来て栽《う》ゑた。
昔のさびしい荒れた中に寂然《じやくねん》として端坐してゐた如来仏《によらいぶつ》の面影《おもかげ》は段々見ることが出来なくなつた。大きな須弥壇《しゆみだん》、金鍍《きんめつ
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