つても、娘は竟《つひ》に家に帰らなかつた。後には、その父母は娘の雑用《ざふよう》の米やら衣類やらを其処に運んで行かなければならなかつた。母親もやがてはその信者の群の一人になつた。
十八
さうした不思議は猶《な》ほこれに留《とゞま》らなかつた。貧しき者は富み、乏しき者は得、病める者は癒《い》え、弱き者は力を恢復《くわいふく》した。
「求めざるものは得、欲するものは失ふ。」かうしたかれの悟《さとり》は、かれの日夜の行《ぎやう》と共に益々生気を帯びて来た。
半ば山に凭《よ》り半ば平野に臨んださびしい村は、今や驚くべき賑かな光景を呈した。人々は山を越し野を越し丘を越して此処に集つて来た。
大きな誘拐者、大きな山師、かうした批評は、世間の一面にはまだ依然として残つてゐるけれども、信者はそんなことには最早《もはや》頓着してゐなかつた。荒れ果てた本堂に籠《こも》るものは、日に日にその数を増して行つた。
かれ等は皆なその衣食を持つてやつて来た。破れた山門の前には、米や味噌を乗せた車が多く集り、あらゆるものが庫裡《くり》に満ち溢《あふ》れた。
始めはその態度に呆《あき》れ、中頃は
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