倍|立優《たちまさ》つた成績と評判とを持つてゐた。父母の愛も深かつた。
何うしても誰か悪者か何かに誘拐《いうかい》されたに相違ない。警察でも最初の鑑定は主としてその方面に傾いた。しかし、その管内は平和で、此頃、さうしたわるい者が他から立廻つた跡もない。
「不思議なこともあるものだ。」かう署長も刑事も巡査も皆な首をひねつた。
一番先に調べにやつた停車場では、昨日から今日にかけて、娘が汽車に乗つて行つたやうな痕跡《こんせき》はないと言つて来た。
娘は或は村や町の人々の眼に触れるのを顧慮して、わざと別な停車場まで行つて、そこから乗つて上京しはしないかと思つて、念のため、前後二三の停車場をも調べて貰つた。しかし矢張さうした形跡は何処にもなかつた。
もしこれが誘拐《いうかい》でなしに、自発的だとすれば、何処かの淵川《ふちかは》にでも身を投げやしないか。世間でも何も知らないけれど、その奥に何かこんがらかつた事情があつたのではないか。捜《さか》しあぐんだ後には、警察でも、かう言つて、方針をかへて、あちこちと沼の畔《ほとり》や河の岸を探らせた。
矢張わからなかつた。
父母の悲痛の状態は見る
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