何気なくひとりで出懸けた。その姿を村の人は其処此処で見かけた。ところがそれが夜になつても帰つて来なかつた。始めは町の友達の許《もと》にでも行つて、話が面白くなつて、つい帰るのを忘れたのだらうなどと思つて、思ひ当るところに彼方此方《あちこち》と迎への使者を出したが、その人達はやがて皆な手を空《むなし》うして帰つて来た。夜は更《ふ》けて行つた。
朝になつた。
それでも娘の姿は何処にも発見されなかつた。
父母、親類の心痛は一方でなく、村の人達は、一大事件としてやがて騒ぎ立つた。しかし成《なる》たけ、表沙汰にしたくない、不都合でもあつた時に困る。かう言つて、分家や別家の人達は町の警察に行つても頼めば、役場に行つても頼んだ。それを聞いた人々は皆な驚愕《おどろき》の目を※[#「目+爭」、第3水準1−88−85]《みは》つた。
これが不断さうした操行のわるい評判でもある娘なら、別にそれほど世間の耳を驚かしもしないが、K氏の娘に限つては、これまでつひぞさうした噂は一度でもなかつた。また家出をするやうな事情が家庭にあるなどとも思はれなかつた。それに、娘は学問もすぐれて出来、外国語の本も読み、人一
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