し、数多い白堊《しろかべ》の土蔵の夕日に照されてゐるのが常に遠く街道から指《ゆびさ》された。
主人夫妻は土地でも評判がよく、慈悲に富んで、多い小作人に対しても常に寛大な処置を取るのを以てきこえてゐた。村の内にはその家からわかれた分家、別家なども多く、その中にも既に巨万の富を重ねてゐるものなども尠《すくな》くなかつた。
ところが、ある朝、驚くべき報知が村の人達を驚かした。
それは娘の家出であつた。
娘は今年二十一歳、昨年まで東京の学校に出てゐて、暑中休暇、正月の休みなどにはよく洋傘《パラソル》を日にかゞやかして、停車場からの長い道を帰つて来たが、町の人達、村の人達にも、「それ、Kさんのお嬢さんが通る。美しくならしたなア。」などと言はれてゐたが、今年は正月からずつと此方にゐて、東京に上《のぼ》つて行くやうな様子もなかつた。「もうそろ/\良縁があるんだらう。」寄ると触《さは》るとかう言つてあたりの人々は噂《うはさ》してゐた。
それが突然姿を躱《かく》した。
昨日ちよつと用事があると言つて、余所行《よそゆき》のちよい/\着に、銘仙の羽織、縞《しま》のコオトといふ扮装《いでたち》で、
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