寺とは何うしてもかれには思へなかつた。数年前に紳士がやつて来た時とは、更に更に寺は荒れた。裏の大きな垂木《たるき》は落ち、壁は崩れて本堂の中は透《す》いて見え、雨は用捨なく天井から板敷の上へと落ちた。仏具なども、金目のものはもう何もなかつた。金の燭台《しよくだい》、鍍《めつき》のキラ/\と日に輝く天蓋、雲竜の見事な彫刻のしてあつた須弥壇《しゆみだん》、さういふものはもう跡も形もなかつた。本尊の如来仏《によらいぶつ》が唯さびしさうに深い塵埃《ほこり》の中に埋められたやうにして端坐してゐるばかりなのをかれは見た。
 庫裡《くり》から本堂に通ずる長い廊下は、風雨に晒《さら》されて、昔かれが老僧に叱られながら雑巾《ざふきん》がけをしたところとも思へなかつた。中庭の樹木も唯繁りに繁つた。蜘蛛《くも》の網《す》や塵埃《ほこり》や乞食《こじき》の頭のやうにボサ/\と延びた枝や――その中でも、金目な大きな伽羅《きやら》の丸い樹はいつか持つて行つたと見えて、掘つたあとが大きくそこに残つてゐた。唯、霧島の躑躅《つゝじ》が赤くあたりを絵のやうにした。
 年老いた世話人が来てかれにかれの先代――かれの兄弟子の
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