経《どきやう》やら、寺に来てからの行状やらから押して、普通の僧侶――其処等にざら[#「ざら」に傍点]にある嚊《かゝあ》を持ち、被布《ひふ》を着、稼穡《かしよく》のことにのみ没頭してゐる僧侶とは違つてゐるのに眼を留めるものなどもあつた。ある大きな青縞商《めくらじましやう》の主人はその一人で、その家の門に慈海の立つた時には、いくらか尊敬の念を以つて、その姿と行動を凝視した。成ほど世間の評判のやうに、その読経の声に深く人の魂を引附けずに置かないやうに深遠|微妙《みめう》の調子を持つてゐるのをかれは見た。
「兎《と》に角《かく》、普通の僧侶とは違つてゐる。」
かうかれは人々に話した。不思議な乞食坊主の話は、次第に村から町、町から野へとひろがつて行つた。
ある日、また一場の話が伝《つたは》つた。それは町の外れに住んでゐる鋤《すき》や鎌《かま》や鍬《くは》などをつくる鍛冶屋の店での出来事であつた。鍛冶屋の亭主は巌乗《がんじよう》な五十男で、これまでつひぞ寺にお詣《まゐ》りしたことなどはない男であつたが、その坊主が来て門に立つて読経《どきやう》してゐると、忽《たちま》ち深い感動に心を動かされたら
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