《か》つ汚れてゐた。破れたところをかれは自分で処々|繕《つくろ》つて着た。
「御免なさい。」
 かういふ声がした。
 しかしそれはやさしい声だ。若々しい女の声だ。この頃では、世話人ももう滅多《めつた》にはやつて来なかつた。かれ等は自分の勝手に托鉢《たくはつ》に出たかれの行為を不快に思つた。「ああいふものに構つてゐては仕方がない。」かうある者は思ひ、ある者は、「余りに勝手だ。何うかしたに違ひない。」と思つた。寺には人はつひぞやつて来なかつた。
「御免なさい。和尚《をしやう》さん、お留守ですか。」
 かれは顔を其処に出した。見たこともない二十三四の若い女がそこに来て立つてゐた。
「何か? 用?」
 女は顔を赧《あから》めたが、抱へて来た包の中から、一枚の綿入を出した。新しくはないが、綺魔に洗ひ、縫ひ畳んだ綿入を……。
「失礼ですけれども、これを和尚さんにさし上げたいと思ひまして……。私が心がけて、この間から洗つたり縫つたりしたものです。何うか、私の些《いさゝ》かばかりの志《こゝろざし》だけを納めて下さいませ。」
 かう言つた女はまた顔を赧《あから》めた。かれは深く心を動かされずには居られな
前へ 次へ
全80ページ中55ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
田山 花袋 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング