に袈裟《けさ》をかけて、何年ともなく押入の中に空しく転《ころが》つてゐた鉄鉢《てつばつ》を手にして、そして出かけた。
 かれは藁草履《わらざうり》をつツかけて穿《は》いた。かれは寺を出て、一番先に、近所にある貧しい長屋の人達の門《かと》に立つた。
 破れた笠《かさ》の中からは、かれの熱した眼が光つた。
「オ、オ、オー、オー。」
 と言つて鈴を鳴した。
 ある老婆が、最初に五厘銭を一つその鉢の中に入れた。
 かれに取つては、それは最初のまことの喜捨であつた。かれは老婆の冥福《めいふく》を祈つて長い間読経した。
「乞食坊主《こじきばうず》、乞食坊主――」
 あるところでは、大勢の子供達がかれの周囲《まはり》を取巻いた。
 かれはをり/\路の真中に立留つて読経した。
 家から家へとかれは行つた。ある家では、
「まア、お寺の和尚ぢやないか。托鉢《たくはつ》に出なすつたがな。世話人たちは何うしたんぢやな、米も持つて行つて置かないと見えるぢやな、もつたいない。」などと言つて、袋に入れた米を渡した。
 かれの眼には、到《いた》るところでいろ/\な光景が映つた。収穫の忙しい庭、唐箕《たうみ》のぐる/\
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