な。気がふれたぢやないかな。」
かう世話人は言つた。
「あゝして一人でゐるんだから、それも無理はないな。困つたもんだな。此頃は丸で此方《こつち》の言ふことなどは取り合はないつて言ふ風だからな。」
かう言つて、ある人は首を傾けた。種々《いろ/\》な人々が種々のことを言つた。
米をきまつて運んで行く一人は、「此間なんか、つい自分の忙しいのにかまけて、二三日米を持つて行くのを忘れてゐて、あわてて持つて行くと、もう櫃《ひつ》には米は一粒も残つてゐない。あの和尚《をしやう》め、一日二日米を食はずにゐたと見える。」
「それで何とも言つて来ないのか。無けりや、乾干《ひぼし》になつても食はずにゐるのか。何うしても変だな、不思議だな。」考へて、「此頃は前よりも一層何も言はなくなつて了《しま》つた。前には寺のことなどいろ/\心配したり何かしたが、此頃では、もうそんなことは少しも言はない。唯、黙つて聞いてゐる。困つたものだな。」
寺の近くに住んでゐるある百姓の嚊《かゝあ》は言つた。
「すつかり変つて了つた。もう元のやうな姿はなくなつた。そして、いつでもお経べい読んで御座らつしやる。此間、本堂の前で出
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