。生死を問題にしてはゐられない境《さかひ》があるではないか。扞格《かんかく》した力の上に起つて来る悲劇は、これは何うも致し方がない。」
かれは苦行といふことについて、三日も四日も考へた。「苦行は僧や婆羅門《ばらもん》の徒の行《ぎやう》するものばかりではない。人間はすべてこれを行してゐるではないか。意識せると、意識せざるとの区別はある。蚊の食を求めるのもまた是《こ》れ行、盲目の恋をするのも亦《また》これ行、生死も亦是れ行ではないか。」
かうしてゐる中にも、時は経《た》つて行つた。ある夜は凄《すさま》じい風雨がやつて来た。本堂ばかりではない、自分の居間にも雨が盛《さかん》に洩《も》つた。
かれは裸蝋燭《はだからふそく》に火をつけて、それを持つて立上つた。あまりに凄《すさま》じい音に起されて、その光景を見ようとかれは思つたのである。
破れた雨戸から雨が礫《つぶて》のやうに降込んで来た。従つて何処も濡《ぬ》れてゐないところはなかつた。廊下に出ようとすると、風が凄じく吹いて来て、手に持つた蝋燭は危《あやふ》くそのために消されようとした。
かれは袖《そで》でそれを蔽《おほ》つた。
廊下
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