《はだ》の色をその中から見せて、さびしげにかれは笑つた。
世話人達が齎《もたら》して来た話を聞いた時には、かれは何等の答をも与へなかつた。
かれは唯笑つた。それも快活に笑つたのではなく、にやにやと笑つたのでもなく、反抗的に冷かに笑つたのでもなく――唯、笑つた。
暫くしてかれは言つた。
「まア、暫く、かうやつて、落附かせて置いて下さい。……イヤ、世話するものなぞはなくつても好《よ》う御座んすから。」
「でも、相応なのがあつたら、一人お貰ひになる方が好う御座いませう。貴方だつてまだお若いんだから。」
「まア、その話は、もう少し先に寄つてからにして戴きませう。」
それより他に何も言はないので、世話人達は止むを得ずに引返した。
世話をする婆さんももうやつて来なかつた。かれは一人でその廃寺の中に埋れたやうにして住んだ。
小さな土鍋、一つの茶碗に一つの味噌椀、皿はところどころ欠けたのが二三枚あつた。腹が減ると、かれは立つて行つて、七輪に火を起した。
時には以前の生活がかれの心に蘇《よみがへ》つて来た。新しい思想のチャンピオンであり、「恐ろしい群」の第一人者であり、デカダンの徒の一人
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