庇《ひさし》が落ちてゐるやうな寺に、誰が女房になりに来るものがあるであらうか。「とても来手《きて》はねえな。すたり者のねえツていふ女《あま》つ子《こ》だ。誰が物好きにあんな寺に行つてさびしい思ひをするものがあるもんか。」かうそこから出て来た婆さんは笑ひながら言つた。
 世話人は猶《なほ》いろ/\なことを婆さんから聞いた。誰もたづねてくるものはないか。郵便は来ないか。又誰か訪《たづ》ねて和尚は行きはしないか。――その答はすべて No ! であつた。
 ある日、世話人は二人して出かけた。一人はかれを都から此処に伴《つ》れて来たものであつた。かれ等は庫裡《くり》から入つて行つた。婆さんに出て行かれたかれは、ひとりぽつねんとして庫裡《くり》にゐた。かれはひとりで土鍋《どなべ》に飯を炊《た》いて食つてゐた。
「何うも世話をするものがなくつてお困りでせう?」
 かう一人が言ふと、
「いや――」
「何うも矢張、お寺はさびしいと見えて、落附いてゐるものがなくつて困りましたな。」
「いや――」
「さぞ御不自由でせうな。」
「いや、別に……」
 鬚《ひげ》の深く生えたのを剃《そ》らうともせずに、青白い肌膚
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