?」
「朝のおつとめなんかしねえ。」
「ぢや、葬式の時きり、お経はよまねえんだな?」
「さうだな、まア、よまねえつて言ふ方が好いだんべいな。それでも、此間、雨のふるさびしい日に、何《ど》うした拍子か、大方《おほかた》和尚《をしやう》さんも淋しかつたんだんべい。本堂でお経を上げてゐる音がするから、不思議に思つてそツと行つて見ると、本尊様の前で、一生懸命にお経を読んでゐるだ。それもいつもの葬式の時などに読むやうな小さな声ぢやねえだ。大きな声で、後《うしろ》に私が行つて見てゐるなどは夢にも知らねえで、一生懸命に読んで御座らつしやる。……不思議な気がしたにも何にも……」
「淋しいんだな、矢張《やつぱり》……」
「淋しかんべいよ。」
 世話人達は、これでは駄目だと思つた。折角《せつかく》、寺の復活を考へて伴《つ》れて来たが、これでは駄目だ……。しかし、一人あゝして放《はふ》つて置くといふことが間違つてゐるのである。何処の寺でも、今では女房子を持たないものはない。和尚にも一人相応なのがあつたら、持たせるに限る……。かう世話人達は寄り合つて相談した。
 しかし、あの寺に、あの廃寺に、本堂に雨が洩り、
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