ばゝあ》は竟《つひ》に帰つて来なかつた。二人目も五六日で暇《いとま》を乞ひに世話人の許《もと》にやつて来た。
三人目、四人目……。
世話人は訊《き》いた。
「何うして、さうだらう。何か和尚《をしやう》がいやなことでもするのかな?」
「いゝえ。」
別にさうしたことがあるのでもないらしかつた。ある婆さんは言つた。「でもな、ひとりぢや淋しいだ。和尚さん、何も言はないで、一日自分の室に引籠《ひつこ》んでゐて、話もしねえから……」
「出て来ねえか。」
「出て来ねえどころか、飯に呼んでも、それがすむと、すぐ居間に入つて行つて了ふだでな。」
「本でも読んでるのか?」
「いや、本なんか一冊もねえ。」
「ぢや、物でも書くのか?」
「書きもしねえ。」
「それぢや唯ごろ/\してゐるのか?」
「唯、一日中ちやんと、机に向つて坐つてゐるだ。」
かう言つて、その婆さんは、比較的|詳《くは》しくかれの平生《へいぜい》の状態を世話人達に話した。葬式が来ると、古びた僧衣《ころも》を引かけて、黙つて本堂に行つて、いつものやうにお経を読んで、それがすむと、そのまゝ元のやうにその居間へ行つて坐つた。
「朝のおつとめは
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