と思ふと、深い苔蘚《こけ》に封じられた墓が現はれて来た。新しい墓もあれば、古い墓もある。或は五輪塔型、或は多宝塔型、其他いろ/\な型がある。或は倒れてゐるのもあれば、長い間の風雨を平気で凌《しの》いで来たらしいのもある。中にはその墓石の表面に仏像が刻まれてあるものなどもあつた。かれは立留つて一つ一つその墓を撫《な》でて行きたいやうな気がした。
 かれは茫然《ぼうぜん》として立尽した。
 このかれの立つてゐる向うに、深い深い草藪があつて、その中に黒い暗い何年にも人の入つて来たことのない古池が湛《たゝ》へられてあつた。そこには雲の影も映らなければ、日影も滅多《めつた》にはさして来ない。しかも人知れず埋《うづも》れたその池の中にも、生物は絶えずその生と滅とを続けてゐるのであつた。夜は蛙《かはづ》の鳴く声が喧《やかま》しくそこからきこえた。

     八

 新しい住職の世話をするために来た婆さんは、始めの一人は十日ほども経《た》たない中に、世話人の許《もと》に行つた。
「国から急病人があると言つて来たもんですから。」
 かう言つて、二三日の暇《ひま》を貰つて行つたが、日限が来ても、その婆《
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