》もその「偶然」で解釈された。考へて不思議の境《さかひ》に至ると、「これも偶然の事実だ。」と考へて、そして片を附けた。時には内心に不満足を感じ、余りに疑惑の伴はない薄い心を感じたこともないではなかつたけれど、それ以外に、その「偶然」以外に何う解釈して好いかわからないので、有耶無耶《うやむや》の中にその不思議な心理を抑塞《よくそく》した。
それに、その「偶然」と考へる処に、あらゆるものを「無意味」にして了《しま》ふところに、一種微妙な科学の権威があつた。また肯定された科学の不思議があつた。敢《あへ》て深く入つて行かないところに、勇ましい男らしさと誤りのない精確さとがあつた。知らないものは知らないものとしてこれから研究しよう、報告しよう、知らないものを知り得ると考へるやうな危険な直覚は成るたけ避けよう。かう考へたところに、「偶然」の価値があるのであつた。しかしかれがこれに不満足を感じ出したのはもう余程前のことである。女と子供の溺死体を見た以来のことである。……突然かれの心は内から外に向つた。墓があらはれて来たのであつた。
要垣《かなめがき》の緑葉《みどりば》に囲《かこま》れた墓があるか
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