になつて下さるものはないんだから。」かう言つて、重立つた世話人は、寺の財産や、無住にして置いた間に出来た金や、乃至《ないし》はその中から先住《せんぢゆう》の借金を埋めた話などをした。かれはそれに対して深く心を留めてはゐなかつた。「段々さういふことにして……まア、さう急がなくつても好う御座んすから。」かうかれは静かに言つた。
かれの足は行くともなく墓地の方へと行つた。それもそこに行かうと言ふ意志がかれを其処に伴《つ》れて行つたのではなかつた。かれは唯ぶら/\と歩いて其方《そつち》へと行つた。
墓地は昔と比べては頗《すこぶ》る明るくなつてゐるのをかれは見た。それも先住がその後《うしろ》の杉森を伐《き》つた為めであつた。女に対する愛欲の結果がかうした形に影響するといふことも、彼には不思議なやうな気がした。つゞいて先住と自分との生活がちよつと比べて考へられ、二人が嘗《かつ》ては此処で同じ飯を食ひ、同じことを考へ、或は同じ寺の娘を恋したかも知れなかつたことがつゞいて頭に上つて来た。偶然――偶然。「本当に、偶然の二字でこれを解釈して了つて好いのであらうか。」
かれの今までの経験は、何も彼《か
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