う。死にまで深く染着《せんちやく》した心は美しくはないか、勇ましくはないか、雄々しくはないか、また優しく悲しくはないか。これが人間の最後の「詩」であり且《か》つ「宗教」ではないか。
 文明は虚偽を生んだ。デカダンを生んだ。勝者の権利を生んだ。「自己」を生んだ。現にかれなどはそれを真向《まつかう》に振翳《ふりかざ》してこれまでの人生を渡つて来た。智慧《ちゑ》を戦はして勝たんことを欲した。自己の欲するまゝにあらゆるものを得んことを欲した。そのために、かれには富んだもの栄えたもの主権を把持《はぢ》したものがその対象となつた。山も丘も平野も一緒に平らにならなければならないと思つた。
 しかし平等は物質にあるのではない。人生と人性との表面にあるのではない。勝利者にあるのではない。智慧《ちゑ》と手段とを戦はして勝つたところにあるのではない。かう考へると、「恐ろしい群」の人達のことが、再びかれの胸に迫つて来た。折角《せつかく》さぐり出した秘密の糸がそこでぽツつり絶えてゐるのを感じた。
「あゝ、もうよさう、考へるのは止さう。もつと静かに休まなければならない体だ。何事をも捨てたやうに、この簇《むらが》つ
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