することは出来ない。それが出来ない為めに死んだとて、恨《うらみ》を他《ひと》に投げかけて死んだとて、それが誰の責任になるであらう。占領させなかつたこの自己がわるいのか。それとも又それを嘆いて子を抱いて死んだ女がわるいのであらうか。かれは其時は唯、「自己」に取縋《とりすが》つて強《し》ひてその苦痛を処分した。しかしそれで完全にそれが処分され解釈されたであらうか。かれは今でもその溺《おぼ》れた女と子供とが自分に向つてその解釈を求めてゐるのを覚えた。かれはぞつとした。

     七

 渡船小屋《わたしごや》の雁木《がんぎ》がずつと川に延びて行つてゐた。そこには船が一隻|繋《つな》いであつた。人が五人も六人も乗つて、船頭の下りて来るのを待つてゐる。大きな河は伝馬《てんま》やら帆やら小蒸気やらをその水面に載《の》せてたぷ/\として流れてゐる。櫓《ろ》の声が静かに日中の晴れた水に響いた。
 帆が鳥の翼のやうに大きく動いた。
 土手の上には、人や車が陸続として通つてゐた。氷店、心太《ところてん》を桶《をけ》に冷めたさうに冷して売つてゐる店、赤い旗の立つてゐる店、そこにゐる爺《おやぢ》の半ば裸体《
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