かれは外に出て見た。果して小さい棺が山門と本堂との間の敷石の上に置いてあるのが白くさびしく見えた。
かれは傍に行つた。
「穴は掘つてあるのか?」
「今、掘つてらあ!」
見ると、もう一人の男が墓地の方で頻《しき》りに鋤《すき》を動かしてゐるのが見えた。
「本堂へ持つて行つたら?」
「さうすべいか。」かう言つたが、「新しい和尚《をしやう》さんだで、餓鬼《がき》も浮ばれべい。」
こんなことを言つて、軽々とその棺を持つて、さながら小さな荷物でも運ぶやうにして、本堂の前の木階《もくかい》――それはひどく壊れた木階を上つて、賽銭箱《さいせんばこ》の向うに置いてある棺台の上に置いた。
かれは古い僧衣《ころも》に袈裟《けさ》をかけて、草履を穿《は》いて、廊下から本堂の方へと行つた。もう蚊がわん/\と音《ね》を立ててゐた。歩くとそれがバラ/\と顔に当つた。
かれは一本持つて来た蝋燭《らふそく》を取出して、それにマッチをすつて火を点《とも》した。本堂の中はもう真暗であつた。蝋燭の火は青くかれの鬚《ひげ》の濃い顔を照した。つゞいて奥に寂然《じやくねん》として端座してゐる本尊の如来《によらい》の像を
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