僧、世話人、三味線、賑かな参詣者《さんけいしや》、上さんに取つてもその一時代は追憶の最も派手なものであるらしく、それからそれへといろ/\なことが浮び出して来た。こつちから訊《たづ》ねもせぬのに、寺の玄関の三畳の窓へ来た女のことをも上さんは話した。
「あれもな、不仕合せでな。足利《あしかゞ》に行つてついこの間まで一人でゐたが、今ぢや亭主でも持つたか何うか。」
 かう上さんは話した。
 其処を出てかれは猶《なほ》あちこちと町を歩いた。上さんの話で、自分が長い年月|種々《いろ/\》な経験を体感した間に、この昔馴染《むかしなじみ》の人達がいかに生活してゐたかといふことが漸《やうや》くわかつて来たやうな気がした。かれは自分の辛い恐ろしいデカダンの生活を思ひながら、町の外れに出来た小さい停車場の方まで行つて見てそこから引返した。

     六

 かれが来て、最初にやつて来た葬式は、生れて一月しか経《た》たないといふ子供の棺であつた。
「其処へ持つて来て置いたで、ちよつくらお経を読んで呉れなせい。」父親らしい男は庫裡《くり》の入口に顔を入れてのんきさうに言つた。
 夕暮の色は既に迫つてゐた。
 
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