の芽を蒔かなければならないほどの必要をかれ等の魂は感じつゝあつたのであらうか。
 かれは失敗して本国に帰る舟の中でそれを聞いた。かれはその時の烈しいショックを忘れることが出来なかつた。急にかれの世界は狭くなつたやうな気がした。其処にも此処にも自分を監視する眼がついて廻つてゐるやうな気がした。かれは自分の舟の本国に向つて航しつゝあるのを恐れた。かれは船室の中にのみ閉籠《とぢこも》つた。
 エイア・ブウルからは美しい碧《あを》い海が見えた。行つても行つても海である。掀翻《きんぽん》し、飛躍し、奔跳《ほんてう》する海である。その上には時には明るい朝日が照り、わびしい黄《きいろ》い夕日が落ち、赤い湧《わ》くやうな雲が浮んだ。「群」の人達の記憶は払つても払つても絶えずかれの魂を襲つた。かれは時にはいつそ身を海中に躍《をど》らせようと思つて甲板《かんぱん》の上を往来した。
 ――「何《ど》うです、一度故郷の寺に帰る気はありませんか。あなたが跡をついで下さるなら、それに越したことはないのですが、世話人達も、村の者共も、貴方《あなた》ならば喜んでお迎へするにきまつてをりますが。」かうその世話人から言は
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