れは住職を置かないでは困るんですから、そのうち好いのがあつたらと思つてはをりますのです。無住でおきましたから、もう先住の拵《こしら》へた借金もあら方ぬけました……」
「兎《と》に角《かく》、由緒《ゆゐしよ》のある寺をかうして置くのは惜しい。」
「さやうですとも……」
 で、その紳士は多くの布施《ふせ》を置いてそして帰つて行つた。
あとはまた長い月日が経つた。

     二

 新しく出来た住職は、四十二三位で、延びた五分刈頭、鉄縁《てつぶち》の強度の眼鏡、単衣《ひとへ》にぐる/\巻いたへこ帯、ちよつと見ては何《ど》うしても僧侶とは思へないやうな風采《ふうさい》であつた。
「あれが慈海さんけえ? 何《ど》うしてもさうは思へねえだ。丸で変つちやつたな。何処かの別な人としか思へねえな。あの可愛い小僧さんとは何うしても思へねえ。」昔を知つてゐる年を取つた村の婆さん達はかう言つて噂《うはさ》した。
 若い住職に取つても、あたりは余りにひどく変つてゐた。変りすぎてゐた。これが昔のあの寺かと思つた。あの盛《さかん》な立派な堂々とした寺かと思つた。最初来た時には、これが先々代の老僧が威権を振つたあの寺とは何うしてもかれには思へなかつた。数年前に紳士がやつて来た時とは、更に更に寺は荒れた。裏の大きな垂木《たるき》は落ち、壁は崩れて本堂の中は透《す》いて見え、雨は用捨なく天井から板敷の上へと落ちた。仏具なども、金目のものはもう何もなかつた。金の燭台《しよくだい》、鍍《めつき》のキラ/\と日に輝く天蓋、雲竜の見事な彫刻のしてあつた須弥壇《しゆみだん》、さういふものはもう跡も形もなかつた。本尊の如来仏《によらいぶつ》が唯さびしさうに深い塵埃《ほこり》の中に埋められたやうにして端坐してゐるばかりなのをかれは見た。
 庫裡《くり》から本堂に通ずる長い廊下は、風雨に晒《さら》されて、昔かれが老僧に叱られながら雑巾《ざふきん》がけをしたところとも思へなかつた。中庭の樹木も唯繁りに繁つた。蜘蛛《くも》の網《す》や塵埃《ほこり》や乞食《こじき》の頭のやうにボサ/\と延びた枝や――その中でも、金目な大きな伽羅《きやら》の丸い樹はいつか持つて行つたと見えて、掘つたあとが大きくそこに残つてゐた。唯、霧島の躑躅《つゝじ》が赤くあたりを絵のやうにした。
 年老いた世話人が来てかれにかれの先代――かれの兄弟子の
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