《か》つ汚れてゐた。破れたところをかれは自分で処々|繕《つくろ》つて着た。
「御免なさい。」
 かういふ声がした。
 しかしそれはやさしい声だ。若々しい女の声だ。この頃では、世話人ももう滅多《めつた》にはやつて来なかつた。かれ等は自分の勝手に托鉢《たくはつ》に出たかれの行為を不快に思つた。「ああいふものに構つてゐては仕方がない。」かうある者は思ひ、ある者は、「余りに勝手だ。何うかしたに違ひない。」と思つた。寺には人はつひぞやつて来なかつた。
「御免なさい。和尚《をしやう》さん、お留守ですか。」
 かれは顔を其処に出した。見たこともない二十三四の若い女がそこに来て立つてゐた。
「何か? 用?」
 女は顔を赧《あから》めたが、抱へて来た包の中から、一枚の綿入を出した。新しくはないが、綺魔に洗ひ、縫ひ畳んだ綿入を……。
「失礼ですけれども、これを和尚さんにさし上げたいと思ひまして……。私が心がけて、この間から洗つたり縫つたりしたものです。何うか、私の些《いさゝ》かばかりの志《こゝろざし》だけを納めて下さいませ。」
 かう言つた女はまた顔を赧《あから》めた。かれは深く心を動かされずには居られなかつた。かれは凝《ぢつ》と女を見詰めた。
「志ばかりで御座いますから、何うか……」
「これは難有《ありがた》いお志だ。」
 かう言つたきりで、かれの眼から涙がにじみ出さうとした。
 しかしかれは何も言はなかつた。黙つて礼拝《らいはい》合掌した。

     十二

「ヤア、また、あの乞食坊主が何かしてらあ……」
 かう言つて人達は其方《そつち》の方へと走つて行つた。それは町の角である。長い町を通つてこれから寒い風の吹く野に出ようとする角である。通りかゝつた荷車や人足や女子供などが一杯に其処に立留つた。
 深い鬚《ひげ》の中に明るく眼をかゞやかし、破れた僧衣《ころも》に古い袈裟《けさ》をかけ、手に数珠《じゆず》を持つたかれの前には、二十八九になる一目見て此処等に大勢ゐる茶屋女だとわかる女が、眼に涙を一杯に溜めて、そして矢張手を合せて立つてゐた。
「坊主、女でもだましたかな!」
 かうした悪声を放つた人達も、そこに来て、その状態を見ては、思はず不思議な思ひに撲《う》たれた。
 女は合掌して涙を流してゐる。そしてその前にゐる一人の乞食坊主――汚い坊主が神か仏でもあるやうに、それに向つて随喜渇
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