の立てた自然石の大きな石碑が立てられてあった。そこに、恋もあり、涙もあり、未死の魂もあり、日本国民としての可憐《かれん》の愛国心が生きて蘇《よみがえ》ってきているのであった。私は野に咲いた花を折ってきてそこに手向《たむ》けた。
私は秋の日など、寺の本堂から、ひろびろとした野を見渡した。黄いろく色ついた稲、それにさし通った明るい夕日、どこか遠くを通って行く車の音、榛《はん》の木のまばらな影、それを見ると、そこに小林君がいて、そして私と同じようにしてやはり、その野の夕日を眺め、荷車の響きをきいているように思った。
「悠々《ゆうゆう》たる人生だ」
こうした嘆声がいつとなく私の口に上るのであった。
戦場でのすさまじい砲声、修羅《しゅら》の巷《ちまた》、残忍な死骸、そういうものを見てきた私には、ことにそうした静かな自然の景色がしみじみと染《し》み通った。その対照が私に非常に深く人生と自然とを思わせた。
ある日、O君に言った。
「弥勒《みろく》に一度つれて行ってくれたまえ」
で、秋のある静かな日が選ばれた。私達は三里の道、小林君が毎日通って行ったその同じ道を静かにたどった。野には明るい日
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