のさ」
熊さんはもう嬉《うれ》しくてたまりませんでした。熊さんは、永田町の方へ水を運んでいっても、早く日輪草を見たいものだから、水撒車《みずまきぐるま》の綱をぐんぐん引いて、早く水をあけて、三宅坂へ少しでも早く帰るようにしました。だから熊さんの水撒車の通ったあとは、いくら暑い日でも涼しくて、どんな風の強い日でも、塵《ほこり》一ツ立ちませんでした。
太陽が清水谷《しみずだに》公園の森の向うへ沈んでしまうと、熊さんの日輪草も、つぼみました。
「さあ晩めしの水をやるぞい。おやお前さんはもう眠いんだね」
熊さんはそう言って、首をたれて寝ている花をしばらく眺めました。時によると、日が暮れてずっと暗くなるまで、じっと日輪草をながめていることがありました。
熊さんのお内儀《かみ》さんは、馬鹿《ばか》正直なかわりに疑い深いたちでした。このごろ熊さんの帰りが晩《おそ》いのに腹をたてていました。
「お前さんは今まで何処《どこ》をうろついていたんだよ。いま何時だと思っているんだい」
「見ねえな、ほら八時よ」
「なんだって、まああきれて物が言えないよ、この人は、いったいこんなに晩《おそ》くまでどこにい
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