、あすこの椅子《いす》へ腰をかけて、ソーダ水でもチョコレートでも飲めるのだということを、二人はこの時はじめて気がついたのでした。
「君お金ある?」
「ああ、二十五銭」
「ぼく五銭だ」
「お茶が一杯ずつのめるね」
 二人は笑いませんでした。
「なんだか這入《はい》るのがきまりが悪いね」
「ああ、よそうよ」
 二人は喫茶店の店先までそっと歩いていったが、恰度《ちょうど》その時、中から女の笑声《わらいごえ》がしたので、びっくりして、小さい中学生達はどんどん逃げ出しました。
 敵がどこまで追跡してくるかわからないような気がして、なんでも、横町を三つばかり曲って、時計屋の飾窓の下まできて、ほっとして足をとめました。二人は、もう大丈夫だと思ったのです。
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ちっくたっく   ちっくたく
がっちゃこっと  がっちゃこっと
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いろんな時計が、いろんな音をたててうごいているのです。そして八時十五分のもあれば、二時四十分のもありました。
「幾時|頃《ごろ》なんだろう」
「時計屋の時計はあてにならないね」
 時計屋の隣の散髪屋の時計は、十二時を八分過ぎていました。その隣の果物屋のは、十二時五分前でした。なんしろ今頃学校にいれば午餐《ひる》をすまして、運動場でキャッチボールでもしている時間でした。
 二人はもうちっとも幸福ではありませんでした。何かしら重い袋でも背負っているように、その袋の中に何かしらない心配がつまっているような心持でした。
 学校がひける三時まで、こうして街を歩いているのが、とても苦しくて、罰をうけているようだと思われだしました。
「学校へいって見ようか」
「ああ」
 二人は、来た道を逆にまた学校の方へ歩き出しました。二人が学校のあの街の方まで辿《たど》りついたのは、三時を過ぎた時間だったと見えて、もうその辺に知った生徒達の姿は一人も見あたりませんでした。
 こわごわ門のとこまできてみると、大きな門はぴったり閉まって先生や小使が出入《でいり》する脇《わき》の小門だけが僅《わずか》に明いていました。
 すると砂利を踏む足音が門の中から聞えてきました。
「来た!」
「先生だ!」
 学校のわきが原っぱで、垣根の中にアカシヤの木が茂っていました。二人はその中へ飛込んで、死んだようにじっとして、眼《め》だけ動かしていました。
「あ、あれだ
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