顔をしてノートを開けて御覧になった。するとそこには、先生の顔が画《か》いてあった。
 森先生は、それをお読みになって、笑いたいのを我慢して、やっとこう仰有《おっしゃ》った。
「今日は許してあげますけれど、これからは他《ほか》の時間に絵を画いてはいけませんよ。これは私が預っておきます」
 葉子はお辞儀をして静かに自分の席へつくと、教壇の方を見あげた。けれど森先生は、決して葉子の方を御覧にならなかった。葉子にはそれが心配でならなかった。
 やがて授業時間がすむのを待ちかねて、生徒達は急いで家《うち》へ帰っていった。葉子は一番最後に学校の門を出て、たったひとり帰ってきた。途途《みちみち》にも今日の地理の時間のことが心を放れなかった。

   2

 つぎの日、葉子はすこし早めに家を出て、森先生のいつも通っていらっしゃる橋の上で先生を待っていた。やがて先生は、光子《みつこ》という同級の生徒と連れだって歩いていらした。葉子は丁寧にお辞儀をした。先生は何事もなかった前のように、にこやかに「おはよう」を仰有った。それで葉子は、ほっと安心した。そしてうれしさに忙しくて、悪い気ではなく光子に「おはよう」
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