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附記。蒼求の火といふのは、祇園社に大晦日の宵から元朝寅の刻へかけて行ふ削掛の神事に、一切の凶惡を除祓ふために、この削掛の火を參詣の人が蒼求(不祥を除く草にて火繩のごとく作りたるもの)に移して、その火を消さぬやうに持つて皈つて、元朝の羮を炊ぐ。そして火を一年中絶さないやうにすると幸福があると言はれてゐる。
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    ある眼

「あんな娘をどこが好いんだ、と訊かれると、さあ、ちよつと一口に言へないが」さう云つて、畫家のAは話し出した。
 彼女はただ普通のモデル娘として、私の畫室に通つてきてゐたのです。私も特別、彼女に注意を拂つてもゐませんでした。それほど、彼女は、ただの娘でした。年は十七八だつたでせうか、身體が大きいからと言つて、そのころ肩揚をおろしてゐました。
 彼女は、見たところそんな風で、人物にも性情にも特長のない娘でしたが、人から何か話しかけられたり、訊かれると返事のかはりに「まあ」と言つて、少し笑つた眼で相手を見返す癖がありました。
 その眼は、たいしてコケテイツシユなものではなかつたが、やはり年頃の娘ですから、黒く濡れて
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