、東西北の三方には實に近く山の姿が見られる。東山が紫にかすむことも、北山に時雨が降りることも、高尾栂尾の山が紅葉することも、京の人にとつては、隨分親しみの多いことなのである。江戸の女に比べて京の女は、着物の裾をはし折つて、よく歩くことが好きだ。櫻が咲いたと言へば、折詰をこしらへて青い古渡りの毛氈をぼんさんに持たせて、嵯峨の方へ出かけて、どこの田の畦でもピクニツクをはじめる。動物園の夜櫻の下、動物の糞の匂ひをかぎながら平氣で高野豆腐をたべる。かくの如き自然兒は、江戸の女の中にはないのである。「お前とならば奥山住ひ」と唄にはあるが、深川の女にはとても田園生活は出來さうもない。
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靈山御山の五葉の松、竹葉なりとぞ人はいふわれも見る竹葉なりとも折りてもこん閨のかざしに。
月のまへのしらべは夜寒をつぐる秋風雲井のかりがねは琴柱におくるこゑ/″\。
世々の人のながめし月はまことの形見ぞとおもへば/\涙玉をつらぬく。
春によせし心もいつしかに秋にうつらふ黒木赤木のませのうちによしある花の色々。
吉野川には櫻をながむ龍田川には紅葉をながむ橋の上より文とりおと
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