こんな風な夢を絶へず見てゐたが、この頃は一切見なくなつた。でも時たま、強迫觀念におそはれることは白晝大通を歩いてゐる時さへある。群衆の中で行き違ひに歩く人が、私の名を囁いて件の人に注意してゐるのを聞くと、それが若い青年紳士であり若い令孃であつてさへも、私は實に不安を感じる。これらが知らないで先方だけに知られてゐることは嫌なものだ。昨晩も夜更けて下町から歸つてくると道玄坂で坂を下りてくる三人の若い紳士に逢つた。まん中の男が、私を見るなり、肘で連れをつゝいて、
「ユウーウ?」
「ダ」
さう言つてゐるのを聞いた。
さめての夢は、それが惡ければ惡いだけ、さめることがないから生活を不安にする、人間を臆病にする。去年九月一日から一週間ばかりの間に、夜も晝も道玄坂をすさまじい響をたてゝ下つていつた陸軍の軍用タンクの自動車は、私の頭に異常な不安を殘したと見えて、いつでも夜ふけてあの響を聞くと、實に荒唐無稽な恐怖におそはれる。
底本:「砂がき」ノーベル書房株式会社
1976(昭和51)年10月5日初版発行
※項の変わり目は、冒頭のごく短いものをのぞいて改頁されている。別丁の口絵を挟んだ後のみは、改丁扱いとなっているが、特にその箇所が大きな区切れ目を表しているわけではない。そこで誤解を避けるために、「改丁」されている箇所もあえて「改頁」と注記した。
※底本中には、「奥」と「奧」、「観」と「觀」、「懐」と「懷」、「騒」と「騷」、「髪」と「髮」など、新旧の関係にある文字が共に現れるが、統一はせず、ママとした。
※本作品中には、身体的・精神的資質、職業、地域、階層、民族などに関する不適切な表現が見られます。しかし、作品の時代背景と価値、加えて、作者の抱えた限界を読者自身が認識することの意義を考慮し、底本のままとしました。(青空文庫)
入力:皆森もなみ
校正:Juki
ファイル作成:
2003年1月18日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
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