》狂言《きやうげん》のびらの絵が
雪にふられておりました。
[#改ページ]

 かくれんぼ

豆《まめ》の畑《はたけ》にみいさんと
ふたりかくれてまつてゐた。

とほくで鬼《おに》のよぶ声が
風《かぜ》のまにまにするけれど
ちらちらとぶは鳥《とり》の影《かげ》。

[#改丁、挿し絵入る、75]
[#改丁]
まてどくらせど鬼はこず。
森《もり》のうへから月がでた。
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 郵便函

郵便《ゆうびん》函《ばこ》がどうしたら
そんなにはやくあるくだろ。
わたしの神戸《かうべ》のおばさまへ
わたしのすきなキヤラメルを
おくるやうにとしたためて。
郵便函へあづけたが
三つほどねたそのあした
わたしのすきなキヤラメルは
ちやんとわたしについてゐた。
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 山 賊

乳母《うば》の在所《ざいしよ》は草わけの
山また山の奥でした。
ある日のことに※[#「※」は「女へん+弟の下半分のような字」、80−6]《あね》として
乳母《うば》をたづねにゆきました。
わたしは土産《みやげ》を腰につけ
※[#「※」は3行上の「あね」と同じ字、80−9]《あね》は日傘《ひがさ》をさしかけて
赤土《あかつち》色《いろ》の山路《やまみち》を
とぼとぼあゆむ午下《ひるさが》り。
あゆみつかれて路《みち》ばたの
一本松に腰かけて
虎屋《とらや》饅頭《まんじゆう》をたべながら
やすむでゐると木蔭《こかげ》より
髯武者《ひげむしや》面《づら》の山賊《さんぞく》が
ぬつくとばかりあらはれた。
すわことなりとおもへども
どうすることもなきごえに
「おつつけ伴者《つれ》のくる時刻《じぶん》」
きこえよがしに※[#「※」は15行上の「あね」と同じ字、82−1]《あね》のいふ
「どうして伴者《つれ》はくることか」
わたしは※[#「※」は17行上の「あね」と同じ字、82−3]《あね》にききました。
さうするうちに山賊《さんぞく》は
腰《こし》の太刀《だんびら》おつとりて
のそりのそりとやつてきた。
もう殺すかとおもふたら
殺しもせいでたちとまり
「どこへおじやる」ときくゆゑに
つつみかくさずいひますと
「よいお子《こ》たち」とほめながら
峠《たうげ》をおりてゆきました。

乳母《ばあや》はきいて大笑ひ
「なんの賊《ぞく》などでませうぞ」
それは木樵《きこり》でありました。
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 おさなき夢

夢のひとつは かくなりき。

青き頭巾《づきん》をかぶりたる
人買《ひとかひ》の背《せ》にないじやくり
山の岬《みさき》をまはるとき
広重《ひろしげ》の海《うみ》ちらとみき。
旅の道者《だうじや》がせおいたる
[#改丁、挿し絵入る、85]
[#改丁]
天狗《てんぐ》の面《めん》のおそろしさ
にげてもにげてもおふてきぬ。
伊勢《いせ》の国までおちのびて
二見《ふたみ》ヶ|浦《うら》にかくれしが
ここにもこわや切髪《きりかみ》の
淡島《あはしま》様《さま》の千羽鶴《せんばづる》
一羽《いちは》がとべばまた一羽《いちは》
岩のうへより鳥居《とりゐ》より
空一面のうろこ雲。
顔もえあげずなきゐたり。
[#改ページ]

 草 餅

ある日学校へゆく路《みち》に
黄《きい》な袋《ふくろ》がおちてゐた
ひろうてみればこはいかに
それは財布《さいふ》でありました。
「さあ大変ぢや大変ぢや
銭《ぜに》をひろへば尋人《たづねびと》
有司《おかみ》へよばれようおお怖《こは》や」
みながはやせばとつおいて
財布《さいふ》を指でさげたまゝ
こりやまあどうしたものだらう。
そこへおりよく先生が
おいでなされて「やれやれ」と
財布をとつてくれました。

それから家《うち》へかへつたが
どうも財布が気にかかり
母の情《なさけ》の草餅《くさもち》も
どうまあ咽喉《のど》をこすものぞ
食べずに泣いておりました。
[#改ページ]

 嘘

なげた石
鳥居《とりゐ》のうへにのつかれば
どんな願《ねがひ》もかなへんと
氏神《うぢがみ》様《さま》はのたまひぬ。

鳥居のしたにあつまりし
太郎《たらう》に次郎《じらう》に草之助《さうのすけ》
何《なに》がほしいときいたらば
太郎がいふには犬張子《いぬはりこ》
次郎がいふにはぶんまはし
生《い》きた馬をば草之助。
願《ねがひ》をこめてなげた石
首尾《しゆび》よく鳥居へのつかつた。

石は鳥居へのつたれど
いまだに何《なに》もくださらぬ。
[#改ページ]

 どんたく

どんたくぢやどんたくぢや
けふは朝からどんたくぢや。

街《まち》の角《かど》では早起きの
飴屋《あめや》の太鼓《たいこ》がなつてゐる
「あアこりやこりやきたわいな」
これは九州《きうしう》長崎《ながさき》の
丸山《まるやま》名物《めいぶつ》ぢやがら糖《たう》
お子様《こさま》がたのお眼《め》ざまし
甘《あま》くて辛《から》くて酸《すつぱ》くて
きんぎよくれんのかくれんぼ
おつぺけぽうのきんらいらい」

観音《くわんのん》堂《だう》の境内《けいだい》は
のぞきからくり犬《いぬ》芝居《しばゐ》
「ものはためしぢやみてござれ
北海道で生捕《いけど》つた
一本《いつぽん》毛《け》のないももんがあ
絵《ゑ》看板《かんばん》にはうそはない
生きてゐなけりや銭《ぜに》やいらぬ」

「可哀《かあい》さうなはこの子でござい
因果はめぐる水車《みづぐるま》
一寸法師《いつすんほふし》の綱《つな》わたり
あれ千番《せんばん》に一番《いちばん》の
鐘《かね》がなろともお泣きやるな」

「やあれやれやれやれきたわいな
のぞきや八文《はちもん》天保銭《てんぽせん》
花のお江戸は八百八町《はつぴやくやちやう》
音《おと》にきこえた八百屋《やほや》の娘
年《とし》は十五《じふご》で丙午《ひのえうま》
そなたは十四《じふし》であらうがの
いえいえ十五《じふご》でござんする。
八百屋《やほや》お七《しち》がおしおきの
お眼《め》がとまれば千客様《せんきやくさま》」
[#改ページ]

 郵便脚夫

「郵便《いうびん》ほい
おかみの御用でゑっさっさ」
郵便|脚夫《きやくふ》のうしろから
学校がへりの子供らは
ゑっさもっさとついてゆく。
「郵便ほい
おかみの御用でもっさっさ」
[#改ページ]

 江戸見物

「江戸《えど》をみせよう」源六《げんろく》は
耳をつまんでつりあげた。
いたさこらへて東《ひがし》をみれど
どれが江戸やら山ばかり。
「なんとみえたであらうがな」
「みえはみえたが浅草《あさくさ》も
上野《うへの》もやつぱり山だらけ」
[#改丁、挿し絵入る、99]
[#改丁]

 七つの桃

七人《しちにん》の
遊《あそび》仲間《なかま》のそのひとり
水におぼれてながれけむ。
お芥子《けし》の頭《かみ》が水《みづ》の面《も》に
うきつしづみつみえかくれ。
「よくも死人《しにん》をまねたり」と
白痴《ばか》の忠太《ちゆうた》は手をたたく。
水《みづ》にもぐりて菱《ひし》の実《み》を
とりにゆけるとおもひしが。
人《ひと》は家《いへ》より畑《はたけ》より
ただごとならぬけはひにて
はしりて河《かは》にあつまりぬ。
人のひとりは水にいり
人のひとりは小舟《こぶね》より
死骸《しがひ》を岸にだきあげぬ。
「死《し》んだ死んだ」と踊《をど》りつつ
忠太は村をふれあるく。
白い衣《きぬ》きた葬輦《さうれん》が
暑い日中《ひなか》をしくしくと
鳥辺《とりべ》の山へいりしかど
そは何事《なにごと》かしらざりき。
ひとりは墓《はか》へゆきければ
七《なゝ》つの指《ゆび》を六《む》つおりて
一《ひと》つのこしてみたれども
死んでなくなることかいな
いつか墓よりかへりきて
七つの桃《もゝ》をわけようもの。
[#改ページ]

 猿と蟹

わたしが猿《さる》で妹《いもうと》が
あはれな蟹《かに》でありました。

猿はひとりで※[#「※」は「木へん+弟の下半分のような字」、104−7]《かき》の実を
木に腰《こし》かけてたべました。
「兄《にい》さんひとつ頂戴《ちやうだい》よ」
あはれな蟹がいひました。
「これでもやろ」と渋※[#「※」は4行上の「かき」と同じ字、105−1]《しぶがき》を
なげてはみたがかあいそで
好《い》いのもたんとやりました。
[#改ページ]

 加藤清正

紙の鎧《よろひ》の清正《きよまさ》は
虎《とら》を退治《たいぢ》の竹《たけ》の槍《やり》。
屋根《やね》のうへにて眠《ねむ》りゐし
猫《ねこ》をめがけてつきければ
虎は屋根よりころげおち
縁《えん》のしたへとかくれけり。

さすがに猛《たけ》き清正も
虎のゆくえの気にかかり
夜《よ》な夜《よ》なこわき夢《ゆめ》をみき。
[#改ページ]

 禁制の果実

白壁《しらかべ》へ
戯絵《ざれゑ》をかきし科《とが》として
くらき土蔵《どざう》へいれられぬ。
よべどさけべど誰《たれ》ひとり
小鳥《ことり》をすくふものもなし。
泣きくたぶれて長持《ながもち》の
蓋《ふた》をひらけばみもそめぬ
「未知《みち》の世界」の夢の香《か》に
ちいさき霊《たま》は身《み》にそはず。

窓より夏の日がさせば
国貞《くにさだ》ゑがく絵草紙《ゑざうし》の
「偐《にせ》紫《むらさき》」の桐《きり》の花《はな》
光《ひかる》の君《きみ》の袖《そで》にちる。

摩耶《まや》の谷間《たにま》にほろほろと
頻迦《びんが》の鳥《とり》の声きけば
悉多太子《しつたたいし》も泣きたまふ。

魔性《ましやう》の蜘蛛《くも》の糸《い》にまかれ
白縫姫《しらぬひひめ》と添臥《そひぶ》しの
風は白帆《しらほ》の夢をのせ
いつかうとうとねたさうな。

蔵《くら》の二階の金網《かなあみ》に
赤い夕日がかっとてり
さむれば母の膝《ひざ》まくら。
[#改丁、左寄せ]
  日本のむすめ
[#改丁]

 宵待草

まてどくらせどこぬひとを
宵待草《よひまちぐさ》のやるせなさ

こよひは月もでぬさうな。
[#改ページ]

 わすれな草

袂《たもと》の風を身にしめて
ゆふべゆふべのものおもひ。
野《の》ずえはるかにみわたせば
わかれてきぬる窓の灯《ひ》の
なみだぐましき光《ひかり》かな。

袂《たもと》をだいて木によれば
[#改丁、挿し絵入る、115]
[#改丁]
やぶれておつる文《ふみ》がらの
またつくろはむすべもがな。

わすれな草《ぐさ》よ
なれが名《な》を
なづけしひとも泣きたまひしや。
[#改ページ]

 夏のたそがれ

タンホオルの鐘《かね》が
さはやかになりいづれば
トラピストの尼《あま》は
こころしづかに夕《ゆふべ》の祈祷《いのり》をささげ
すぎし春《はる》をとむらふ。

柳屋《やなぎや》のムスメは
[#改丁、挿し絵入る、119]
[#改丁]
はでな浴衣《ゆかた》をきて
いそいそと鈴虫《すゞむし》をかひにゆく

――夏のたそがれ。
[#改ページ]

 うしなひしもの

夏の祭《まつり》のゆふべより
うしなひしものもとめるとて
紅提燈《べにちやうちん》に灯《ひ》をつけて
きみはなくなくさまよひぬ。
[#改ページ]

 芝居事

雪のふる夜のつれづれに
※[#「※」は「女へん+弟の下半分のような字」、123−5]《あね》の小袖《こそで》をそとかつぎ
‥‥‥でんちうぢやはりひじぢや
しまさんこんさんなかのりさん‥‥
おどりくたびれ袖萩《そではぎ》の
肩に小袖をうちかけて
なみだながらの芝居事《しばゐごと》
「さむかろうとてきせまする」
このまあつもる雪わいの。
[#改丁、挿し絵入る、125]
[#改丁]

 花束

ありのすさびに
花をつみてつがねたれど
おくらむひともなければ
こころいとしづかなり。
されどなほすてもかねつつ
ゆふべの鐘《かね》をかぞへぬ。
[#改ページ]

 たそがれ

たそがれなりき。かなしさを
そでにおさへてたちよれば
カリンの花のほろほろと
髪《かみ》にこぼれてにほひけり。

たそがれなりき。路《みち》をきく
まだうら若き旅人《たびびと》の
眉《まゆ》の黒子《ほくろ》のなつかしく
後姿《うし
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