この由良《ゆら》鬼《おに》のいとほしさ
ほどいてたもとなきいでぬ。

   11
越中《ゑつちゆう》富山《とやま》の薬《くすり》売《う》り
おはぐろとんぼがついとでて
白いカウモリ傘《がさ》の柄《え》にとまり
また日《ひ》まわりの葉《は》にとまり
ついととんではまたもどる。

   12
お遍路《へんろ》さんお遍路さん
おやまのむかふは雨さうな
霰《あられ》をおくれ豆《まめ》おくれ
まめがなけねばこの路《みち》法度《はつと》。

   13
股《また》のしたから麓《ふもと》をみれば
さても絵のよなよい景色《けしき》。
[#改丁、挿し絵入る、61]
[#改丁]
どこの町ぞときいたらば
それはわたしの村でした。

   14
梭《おさ》の手《て》をやめ歌《うた》ふをきけば
――もつれた糸《いと》なら
  ほどけもせうが
  きれた糸ゆゑ
  せんもなや。
[#改丁、左寄せ]
  少年なりし日
[#改丁]

 人形遣

「めでたやなめでたやな
さりとはめでたやめでたや」と
紺《こん》の布簾《のれん》のつまはづれ
人形《にんぎよ》遣《つかひ》がきたさうな。

母のかげよりそとみれば
人形遣のうら若く
「ま、どうしよぞいの」と泣《な》きいれば
襟足《えりあし》しろくいぢらしく
人形の小春《こはる》もむせびいる。

もののあはれかふるあめか
もらひなみだの母の袖《そで》。
[#改丁、挿し絵入る、69]
[#改丁]

 雪

赤いわたしの襟巻《えりまき》に
ふわりとおちてふときえる
つもらぬほどの春の雪。
  これが砂糖《さたう》であつたなら
  乳母《うば》もでてきてたべよもの。
ロシア更紗《ざらさ》の毛《け》布団《ぶとん》を
そつとぬけでてつむ雪を
銀《ぎん》のかざしでさしてみる
お染《そめ》の髪《かみ》の牡丹《ぼたん》雪《ゆき》。

七|番《ばん》蔵《ぐら》の戸《と》のまへで
手招《てまね》きをするとうじさん
顔ににげない白い手で
ひねり餅《もち》をばくれました。

納戸《なんど》のおくはほのくらく
紀州《きしう》蜜柑《みかん》の香《か》もあはく
指にそまりし黄《き》表紙《べうし》の
炬燵《こたつ》で絵本《ゑほん》をよみました。

窓《まど》からみれば下町《したまち》の
角《かど》の床屋《とこや》のガラス戸《ど》に
大阪《おほさか》下《くだ》り雁二郎《がんじろ》の
春《はる》狂言《きやうげん》のびらの絵が
雪にふられておりました。
[#改ページ]

 かくれんぼ

豆《まめ》の畑《はたけ》にみいさんと
ふたりかくれてまつてゐた。

とほくで鬼《おに》のよぶ声が
風《かぜ》のまにまにするけれど
ちらちらとぶは鳥《とり》の影《かげ》。

[#改丁、挿し絵入る、75]
[#改丁]
まてどくらせど鬼はこず。
森《もり》のうへから月がでた。
[#改ページ]

 郵便函

郵便《ゆうびん》函《ばこ》がどうしたら
そんなにはやくあるくだろ。
わたしの神戸《かうべ》のおばさまへ
わたしのすきなキヤラメルを
おくるやうにとしたためて。
郵便函へあづけたが
三つほどねたそのあした
わたしのすきなキヤラメルは
ちやんとわたしについてゐた。
[#改ページ]

 山 賊

乳母《うば》の在所《ざいしよ》は草わけの
山また山の奥でした。
ある日のことに※[#「※」は「女へん+弟の下半分のような字」、80−6]《あね》として
乳母《うば》をたづねにゆきました。
わたしは土産《みやげ》を腰につけ
※[#「※」は3行上の「あね」と同じ字、80−9]《あね》は日傘《ひがさ》をさしかけて
赤土《あかつち》色《いろ》の山路《やまみち》を
とぼとぼあゆむ午下《ひるさが》り。
あゆみつかれて路《みち》ばたの
一本松に腰かけて
虎屋《とらや》饅頭《まんじゆう》をたべながら
やすむでゐると木蔭《こかげ》より
髯武者《ひげむしや》面《づら》の山賊《さんぞく》が
ぬつくとばかりあらはれた。
すわことなりとおもへども
どうすることもなきごえに
「おつつけ伴者《つれ》のくる時刻《じぶん》」
きこえよがしに※[#「※」は15行上の「あね」と同じ字、82−1]《あね》のいふ
「どうして伴者《つれ》はくることか」
わたしは※[#「※」は17行上の「あね」と同じ字、82−3]《あね》にききました。
さうするうちに山賊《さんぞく》は
腰《こし》の太刀《だんびら》おつとりて
のそりのそりとやつてきた。
もう殺すかとおもふたら
殺しもせいでたちとまり
「どこへおじやる」ときくゆゑに
つつみかくさずいひますと
「よいお子《こ》たち」とほめながら
峠《たうげ》をおりてゆきました。

乳母《ばあや》はきいて大笑ひ
「なんの賊《ぞく》などでませうぞ」
それは木樵《きこり》でありました。
[#改ページ]

 おさ
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