なき夢

夢のひとつは かくなりき。

青き頭巾《づきん》をかぶりたる
人買《ひとかひ》の背《せ》にないじやくり
山の岬《みさき》をまはるとき
広重《ひろしげ》の海《うみ》ちらとみき。
旅の道者《だうじや》がせおいたる
[#改丁、挿し絵入る、85]
[#改丁]
天狗《てんぐ》の面《めん》のおそろしさ
にげてもにげてもおふてきぬ。
伊勢《いせ》の国までおちのびて
二見《ふたみ》ヶ|浦《うら》にかくれしが
ここにもこわや切髪《きりかみ》の
淡島《あはしま》様《さま》の千羽鶴《せんばづる》
一羽《いちは》がとべばまた一羽《いちは》
岩のうへより鳥居《とりゐ》より
空一面のうろこ雲。
顔もえあげずなきゐたり。
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 草 餅

ある日学校へゆく路《みち》に
黄《きい》な袋《ふくろ》がおちてゐた
ひろうてみればこはいかに
それは財布《さいふ》でありました。
「さあ大変ぢや大変ぢや
銭《ぜに》をひろへば尋人《たづねびと》
有司《おかみ》へよばれようおお怖《こは》や」
みながはやせばとつおいて
財布《さいふ》を指でさげたまゝ
こりやまあどうしたものだらう。
そこへおりよく先生が
おいでなされて「やれやれ」と
財布をとつてくれました。

それから家《うち》へかへつたが
どうも財布が気にかかり
母の情《なさけ》の草餅《くさもち》も
どうまあ咽喉《のど》をこすものぞ
食べずに泣いておりました。
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 嘘

なげた石
鳥居《とりゐ》のうへにのつかれば
どんな願《ねがひ》もかなへんと
氏神《うぢがみ》様《さま》はのたまひぬ。

鳥居のしたにあつまりし
太郎《たらう》に次郎《じらう》に草之助《さうのすけ》
何《なに》がほしいときいたらば
太郎がいふには犬張子《いぬはりこ》
次郎がいふにはぶんまはし
生《い》きた馬をば草之助。
願《ねがひ》をこめてなげた石
首尾《しゆび》よく鳥居へのつかつた。

石は鳥居へのつたれど
いまだに何《なに》もくださらぬ。
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 どんたく

どんたくぢやどんたくぢや
けふは朝からどんたくぢや。

街《まち》の角《かど》では早起きの
飴屋《あめや》の太鼓《たいこ》がなつてゐる
「あアこりやこりやきたわいな」
これは九州《きうしう》長崎《ながさき》の
丸山《まるやま》名物《めいぶつ》ぢやがら糖《たう》
お子様《こさま》がたのお眼《め》ざまし
甘《あま》くて辛《から》くて酸《すつぱ》くて
きんぎよくれんのかくれんぼ
おつぺけぽうのきんらいらい」

観音《くわんのん》堂《だう》の境内《けいだい》は
のぞきからくり犬《いぬ》芝居《しばゐ》
「ものはためしぢやみてござれ
北海道で生捕《いけど》つた
一本《いつぽん》毛《け》のないももんがあ
絵《ゑ》看板《かんばん》にはうそはない
生きてゐなけりや銭《ぜに》やいらぬ」

「可哀《かあい》さうなはこの子でござい
因果はめぐる水車《みづぐるま》
一寸法師《いつすんほふし》の綱《つな》わたり
あれ千番《せんばん》に一番《いちばん》の
鐘《かね》がなろともお泣きやるな」

「やあれやれやれやれきたわいな
のぞきや八文《はちもん》天保銭《てんぽせん》
花のお江戸は八百八町《はつぴやくやちやう》
音《おと》にきこえた八百屋《やほや》の娘
年《とし》は十五《じふご》で丙午《ひのえうま》
そなたは十四《じふし》であらうがの
いえいえ十五《じふご》でござんする。
八百屋《やほや》お七《しち》がおしおきの
お眼《め》がとまれば千客様《せんきやくさま》」
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 郵便脚夫

「郵便《いうびん》ほい
おかみの御用でゑっさっさ」
郵便|脚夫《きやくふ》のうしろから
学校がへりの子供らは
ゑっさもっさとついてゆく。
「郵便ほい
おかみの御用でもっさっさ」
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 江戸見物

「江戸《えど》をみせよう」源六《げんろく》は
耳をつまんでつりあげた。
いたさこらへて東《ひがし》をみれど
どれが江戸やら山ばかり。
「なんとみえたであらうがな」
「みえはみえたが浅草《あさくさ》も
上野《うへの》もやつぱり山だらけ」
[#改丁、挿し絵入る、99]
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 七つの桃

七人《しちにん》の
遊《あそび》仲間《なかま》のそのひとり
水におぼれてながれけむ。
お芥子《けし》の頭《かみ》が水《みづ》の面《も》に
うきつしづみつみえかくれ。
「よくも死人《しにん》をまねたり」と
白痴《ばか》の忠太《ちゆうた》は手をたたく。
水《みづ》にもぐりて菱《ひし》の実《み》を
とりにゆけるとおもひしが。
人《ひと》は家《いへ》より畑《はたけ》より
ただごとならぬけはひにて
はしりて河《かは》にあつまりぬ。
人のひとりは水にいり
人のひとりは小舟《こぶね》より
死骸《しがひ》を岸にだ
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