ある眼
竹久夢二
「あんな娘をどこが好いんだ、と訊かれると、さあ、ちよつと一口に言へないが」さう云つて、画家のAは話し出した。
彼女はただ普通のモデル娘として、私の画室に通つてきてゐたのです。私も特別、彼女に注意を払つてもゐませんでした。それほど、彼女は、ただの娘でした。年は十七八だつたでせうか、身体が大きいからと言つて、そのころ肩揚をおろしてゐました。
彼女は、見たところそんな風で、人物にも性情にも特長のない娘でしたが、人から何か話しかけられたり、訊かれると返事のかはりに「まあ」と言つて、少し笑つた眼で相手を見返す癖がありました。
その眼は、たいしてコケテイツシユなものではなかつたが、やはり年頃の娘ですから、黒く濡れてゐて、その眼が一種間のぬけた好もしい感じを与へました。
そしてこの「まあ」といふ返事が、イエスでもノーでもないやうな、それでゐて、相手の言ふことをすつかり呑込んで、上手に受流したやうにも見えるのでした。だからある時などは、とても聡明な才女にさへ見えるのでした。さうかと思ふと、とてもとんちんかんな「まあ」であることもありました。
私の製作は二週間の予定でした。
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