なんでも最初の一週間が過ぎた日曜だつたと思ひます。私は、絵の具の買ひ足しにいつて、外から帰つてくると、そのモデルはこちらへ横顔を見せて、出窓のところへぢつと坐つてゐるんです。
よく電車の中などで、人に見られてゐることを少しも意識してゐないやうに見える女性の、自由な開放せられた美しさや、また反対に、女性が持つてゐる肉体的な無意識の嫌悪や謙譲や羞恥が反つて、肉感的な吸引力になつてゐることを、屡々見かけます。
また人が誰にも見られないで、たつた一人で何かしてゐるのを覗き見ることに悪魔的な喜びを感じることがあります。ことにそれが女性である場合、眠つてゐない限り、何等かの不思議な美しさを見せてくれるものです。丁度そんな機会だつたのです。
私は庭の方から窓の下へ歩みよつて、ガラス戸の外からモデル娘を覗いて見ました。娘は一生懸命に前髪の毛を指で引張つてゐるのです。それをどうするつもりなのか見てゐると、その髪の毛を鼻の上まで持つてきてそれを眼で見てゐるんです。自然両方の眸がまん中へ寄つて、仁木弾正が忍びの術を使つてゐる時の、その眼をしてゐるんです。
私はあぶなく笑ひ出しさうになつたが、すぐに、
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