にはうちの局長のことが細大もらさず書いてあるだらう――閣下の人柄から行状まで詳細に認ためてあるに違ひない。それに何か少しはあの方のことだつて……おつと、あぶない、内證々々! 夕方になつて家へ歸つた。おほかたは寢臺でごろごろして過した。

   十一月十三日
 さあ、ひとつ讀んでやらう! なかなか明瞭に書いてあるが、それでも何となく書體に犬らしいところがある。ええと――
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『お懷かしいフィデリ樣! と、かうは言つても、あんたの名前があまり下種《げす》つぽいので、あたし何だかそれに馴染まれないの。何とか、もう少し好い名前がつけられなかつたものでせうかねえ? だつて、フィデリだの、ローザだのつて――俗つぽいぢやないの! でもまあ、それはそれとして、あたしとても嬉しいわ、お互ひにかうしてお手紙の往復《やりとり》をするやうになつたことがさ。』
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 この手紙はなかなかきちんと書けてゐる。句切りも當を得てをれば、假名づかひだつて正確だ。あの課長などは、何處かの大學を出たなどと法螺を吹いてゐるけれど、なかなかどうして、これだけには書けやしない。ええと、それ
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