はぎ》に咬みつきをつたが、紙束をおれに取りあげられてしまつたと感づくと、いやに哀れつぽい金切聲をたてたり、おべつかを使つたりしはじめたけれど、おれは構はず、『へん、お氣の毒さま、あばよ!』とばかり、一目散に駈け出してしまつた。定めしあの娘つ子はおれを狂人《きちがひ》だと思つたに違ひない。何しろ、ひどくおつ魂消てゐたやうだからなあ。家へ歸ると、何はさて措き、さつそくその手紙の吟味にとりかからうと思つた――それといふのもおれはどうも蝋燭のあかりでは字がよく讀めないからだ。ところが、マヴラの奴めが飛んでもない時に床を洗ひはじめたものさ。どうも芬蘭《フィンランド》女といふ奴は馬鹿が多くて、とかく清潔《きれい》ずきも場違ひで困りものだ。しかたがないから、散歩でもしながら一つとつくりとこの經緯《いきさつ》を考へて見ようと思つて、おれは戸外《そと》へ出た。今度といふ今度こそは、いろんな事情や、思惑や、その動機がすつかり分つて、いよいよ、すべてが明るみへ出るといふものだ。あの手紙でおれには何もかもが明瞭になるのだ。犬といふ奴はなかなか利發な動物で、政治關係のことなら何でも辨まへてゐるから、屹度あの手紙
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