ことだ。しかし佛蘭西がは殊にポリニヤックが絲をひいてをれば、何ともいへん。第一あのポリニヤックといふ奴が曲者なんだ! あいつはおれに死ぬまで祟つて、邪魔だてをしようと誓ひを立ててやがるんだ! それでかう、後から後からと迫害をしやがるんだが、へん、おれはちやんと知つてるぞ、貴樣は英吉利人のからくりで踊つてるのぢやないか。英吉利人つて奴は大の策士だからなあ。奴は到るところへ首を突つこむのさ。英吉利が煙草を嗅げば佛蘭西が嚔めをするくらゐのことは、もう世界ぢゆうに知れ渡つてらあな。
二十五日
今日また大審問官がおれの部屋へやつて來たが、遠くの方でその跫音が聞こえるなり、おれは椅子の下へ身を隱してしまつた。彼奴はおれの姿が見えないものだから、呼びにかかつた。初めに『ポプリーシチン!』と大聲で呼んだが、おれは返辭をしなかつた。すると今度は、『アクセンチイ・イワーノフ! 士族の九等官!』と呼んだが、おれはやはり默つてゐた。すると、『フェルヂナンド八世、西班牙の王樣!』とおいでなすつた。おれは思はず首を出さうとしたが、『どつこいその手は食はないぞ! 分つてらあ、また人の頭へ冷水をぶつかけるつもりだらう。』と、すぐに思ひとどまつた。しかし彼奴は間もなくおれを見つけると、棍棒で椅子の下からおれを小突き出した。呪はしい棍棒だ、そいつで毆《どや》されると堪らなく痛い。とはいへ、さうした苦しみも忘れて嬉しかつたのは、けふの發見だ――雄鷄にはどの雄鷄にもそれぞれ西班牙があつて、それは尾に近い羽交《はがひ》の下に隱れてゐることをおれは發見したのだ。かんかんに憤つた大審問官は、おれに何らかの懲罰を加へると言つて威しておいて出て行つた。しかし彼奴なんか幾ら憤つたつて高が知れてるから、おれはすっかり輕蔑してゐる。なあに、あいつは英吉利人の手先に使はれて機械のやうに動いてゐるだけさ。
三百四十九年、月二[#「月二」は180度回転]、三十四日
いや、おれはもうどうにも我慢が出來ない。噫、あ! なんて酷いことをしやがるのだ! 頭からは冷水をぶつかけやがる! 奴らは情けもなければ、容赦もなく、てんでおれの言ふことなんか取りあげないのだ。おれが奴らに何か惡いことでもしただらうか? どうしてかう虐めるだらう? おれのやうな貧乏人から何を取らうといふのだらう! いつたい何かやれるとでも思ふのだら
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