はそのペトローヴィッチもどうやら素面《しらふ》らしい、したがって人間が頑《かたく》なで容易には打ちとけず、はたしてどんな法外な値段を吹っかけるか、知れたものではなかった。それと悟るとアカーキイ・アカーキエウィッチはとっさに、いわゆる出直そうと考えたものであるが、時はすでに遅かった。ペトローヴィッチはじっと彼の方を見つめながら、その一つきりの眼をぱちぱちさせていた。それでアカーキイ・アカーキエウィッチも、しょうことなしに言葉をかけてしまった。
「やあ、今日は、ペトローヴィッチ!」
「これはこれは、旦那!」そういって、ペトローヴィッチは相手がいったいどんな獲物を持ち込んで来たのか見きわめようとして、じろりと横目でアカーキイ・アカーキエウィッチの手許をうかがった。
「時にわたしは、君のところへ、その、ペトローヴィッチ、その何だよ……」ここで知っておかねばならないのは、アカーキイ・アカーキエウィッチは物事を説明するのに、大部分、前置詞や副詞やはてはぜんぜん何の意味もない助詞をもってしたということである。また、話がひどく面倒だったりすると、一つの文句を終りまで言いきらないような癖さえあったので、
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