した。『なあに、』と、祖父が言つた。『お前は夢に見ただけぢやが、おらは現つで酷い目に会つたわい。一度この家《うち》の祓ひをせにやなるまいが、今は愚図々々しちやゐられんのぢや。』さう言つて、祖父はちよつと休んだだけで、馬の都合をつけると、今度こそ夜を日についで、決して道草などは食はずに、目的地へと直行して、国書を親しく女帝の闕下に捧呈したのぢや。宮中で目撃した様々の奇らしい事柄は、その後久しいあひだ、祖父の語り草となつた。彼が参内した御所の棟の高かつたことといへば、普通の家を十《とを》も上へ積みあげても、まだ足りないほどだつたこと、御座所はここかとうかがつたが違つてゐる、次ぎの間かと思つたがそこでもない、三番目も四番目もまださうでなかつたが、やつと五番目の御間へとほると、金色燦然たる宝冠を戴き、真新《まつさら》な鼠色の長上衣《スヰートカ》に、赤い長靴を履かれた女帝が、御座所で黄金いろの煮団子《ガルーシュカ》を召しあがつておいでになつたこと、女帝が侍臣に命じて帽子に入るだけの*青紙幣《シーニッツア》を彼につかはされたこと等々……枚挙に暇もないくらゐ! だが、自分が悪魔を相手に演じた、くだん
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