巣窟《あな》から選り出してくれえ!』悪魔が長い鞭を一と振りすると、電光石火の早技《はやわざ》で一頭の馬が祖父を背に乗せてパッと跳ねあがつた。同時に祖父は飛鳥のやうに上空へと舞ひあがつた。
だが、途中でその馬が、制する声も手綱さばきも聴かばこそ、崩穴《がけ》や沼地のうへを飛び越え跳ね越えする時には、祖父は生きた心地もなかつたといふ。到るところ、話に聞いただけでも、ぞつとするやうな難所ばかりを通つた。ふと、足もとを見ると、更に驚ろいた。そこは絶壁だ! 怖ろしい懸崖だ! 然も魔性の生物は一向お構ひなしに、まともに飛び下りるのだ。祖父はしつかり身を支へようとしたが、間にあはなかつた。彼のからだは木の株や土くれの上を翻筋斗《もんどり》うつて、まつさかさまに断崖を転げ落ちて行つた。そして谷底に達すると共に、いやといふほど地面へ叩きつけられたため、祖父はハタと息の根が停つてしまつたやうに思つた。少くともその刹那、自分がいつたいどうなつたのか、まるで記憶《おぼえ》がなかつたといふ。やうやく正気に返つてあたりを見まはした時には、もう夜が明けはなれてをり、あたりの様子にどうやら見憶えがあるやうに思つたの
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