つだか、ガツガツと、食卓ぢゆうに響きわたるやうな歯音を立てながら、口を動かしてゐるけはひが聞えるばかり。祖父の口へは何一つ入つちやゐない。そこで今度はまた別の片《きれ》を取りあげたが、ちよつと唇に触つたと思つただけで、自分の咽喉へは通らなかつた。三度目もやはり同じやうにわきへ外《そ》れてしまつた。赫つと腹を立てた祖父は、怖ろしさも、自分が何者の手中に落ちてゐるかも忘れて、妖女《ウェーヂマ》どもに喰つてかかつた。『いつたい全体、汝《うぬ》たちヘロデの後裔《ちすぢ》どもめは、このおれを嘲弄してけつかるのか! たつた今、おれの哥薩克帽を返してよこせばよし、さもないと汝《うぬ》たちの豚面を項《うなじ》の方へ向けて捩ぢまげて呉れるぞ!』その言葉の終るのも待たずに、すべての妖怪どもは歯を剥き出して、祖父の魂がぞつと慄へあがつたほど、物凄い笑ひ声をあげた。
「よござんす!」と妖女《ウェーヂマ》の一人が金切声で叫んだ。それは仲間のうちのどいつより、きたない面をしてゐたから、多分、一番|年長《としかさ》のやつに違ひないと祖父は考へた。「帽子は返してあげるけれど、その前に妾たちと三度だけ※[#始め二重括弧
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