もさそくの気転で、どうしてその手紙が手に入つたかといふ有りのままの事実を隠して、別の答へを用意するだけの分別はあつた。
「昨日《きのふ》の夕方ね、」と彼は答へた。「市《まち》へ出かけたんで、すると代官が馬車から降りられるところへ、ひよつくり出つ会したんだよ。あつしがこの村の者だといふことが分つたと見えて、代官がその手紙をあつしにことづけたのさ。それからね、お父《とつ》つあん、あの人は、帰りがけにうちへ寄つて食事をするから、さう言つておけつて言ひましたぜ。」
「しかと代官がさう言はれたのか?」
「ああ、たしかに。」
「お聴きかな?」と、村長は一同のものにむかつて、重々しく勿体ぶつた口調で言つた。「代官が一個人の資格をもつて、われわれ風情のところへ来臨される、即ちわしの家へ昼餐に立ち寄られるのぢや。おお!……(ここで村長は指を高くさしあげると、何か傾聴するやうな風に首を傾げた。)代官が……、お聴きかな? 代官が、わしの家へ食事に立ち寄られるのぢや! どう思はつしやる、助役さん、それからお前さんもさ、――こりやあ、なかなか並大抵の名誉ではないて! な、さうぢやないかな?」
「まだ、これまでつ
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