広い水面を滑らかな嘴でうつ水禽の啼き声が聞えてくる。レヴコーの胸には、ある甘い静けさと平安が感じられた。彼はバンドゥーラの調子をあはせると、それを奏でながら歌ひ出した。
[#ここから3字下げ]
月々、お月さん!
夕焼さん!
お前の照らす地の上にや
綺麗な娘がゐるぞいな!
[#ここで字下げ終わり]
窓が静かにあいた。そして、さつき池の水に映つたのと同じ顔がそこから覗いて、じつと注意ぶかく歌声に聴き入る。長い睫毛《まつげ》がなかば彼女の眼を翳してゐる。その全身は布のやうに、月の光りのやうに蒼白いが、なんとあでやかに美しいことだらう! 女がほほゑんだ!……レヴコーはぶるつと顫へた。※[#始め二重括弧、1−2−54]唄つて下さいな、若い哥薩克さん、何か歌をひとつ!※[#終わり二重括弧、1−2−55]と、彼女は一方へ頭べをかしげて、濃い睫毛《まつげ》をすつかり伏せて、小声で囁やいた。
「どんな歌を唄ひませうね、美しいお嬢様《パンノチカ》?」
涙の玉がその蒼白い顔をつたつて、ほろほろと流れおちた。※[#始め二重括弧、1−2−54]若衆さん、※[#終わり二重括弧、1−2−55]と彼女は言つた
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