不ぞろひな鼓動を打ちはじめたため、錠前の外れる音も聞えぬくらゐであつた。つひに戸が開け放たれた、と……村長の顔は布のやうに蒼ざめてしまひ、蒸溜人《こして》はぎよつとして髪の毛が逆立つやうに感じた、助役の顔にもまざまざと恐怖の色が現はれ、村役人どもはその場に釘づけにされたやうに立ちすくんだまま、一様に開いた口を塞ぐことも出来ない為体《ていたらく》であつた――一同の面前には村長の義妹が立つてゐたのである。
 女は一行にも劣らず仰天してゐたやうであるが、やや正気にかへると共に、みんなの方へ近づかうとした。
「そこを動くな!」と、怪しく顫へを帯びた声で喚きざま、村長はぴたりと女のまへに戸をたてた。「皆の衆、これあ悪魔ぢやよ!」と、彼は語をついだ。「火を持つて来い! 早く火を持つて来い! 公共の建物を惜しむこたあない! さあ、火をかけるのぢや、悪魔の骨ひとつ残らぬやうに焼きはらつてしまふのぢや!」
 村長の義妹《いもうと》は、扉ごしにこの残酷な決議を聞いて、怖ろしさのあまり、わつとばかりに声をあげた。
「皆の衆、これあ又、どうしたことだね!」と、蒸溜人《こして》が口をはさんだ。「あたら、頭べに霜
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