ルポー、納屋をあけい!」と村長は村役人に言つた。「こいつは暗がりの納屋へぶちこんでおかう。さうしておいて、助役を起したり、村役人を召集して、同類のやくざどもを残らず逮捕して今夜ぢゆうに彼奴らを処分してしまはにやならん!」
 村役人は玄関口で小さな海老錠をガチャガチャ鳴らして納屋の戸を開けた。ちやうどその時、捕虜は玄関口の闇に乗じて、突然、おつそろしい腕力で捕手の手をすり抜けた。
「汝《うぬ》どこへ行きをる!」とばかりに、村長はむんずとその襟髪を掴んだ。
「放しておくれ、わたしだよ!」といふ細い声が聞えた。
「駄目なこつちや! どうしてどうして、畜生め、女の声を出しをらうと悪魔の作り声をほざかうと、おれを誤魔化すこたあ出来ねえぞ!」さう言ふなり村長が、捕虜を暗がりの納屋のなかへ力まかせに突き飛ばしたので、哀れな捕虜は呻き声を立てたほどであつた。それから村長は村役人をつれて助役の住居《うち》へと出かけた。その後ろからは、まるで蒸汽船のやうに煙草の煙を吐きながら、蒸溜人《こして》がついて行つた。
 彼等は三人とも首を垂れて、めいめい物思ひに沈みながら歩いてゐたが、暗がりの路地へ折れる曲りかど
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