のを指でおさへおさへ、ひつきりなしに唾を吐きちらしながら、短かい煙管《パイプ》をスパスパ吸ふのが、いかにも満足らしく、絶えず眼をにこにこさせてゐる。雲のやうな煙が忽ち彼の頭のうへにひろがつて、鳩羽いろの靄が彼をつつんでしまつた。その様子が、どこかの酒蒸溜場《さかこしば》の大煙突が屋根のうへにのつかつてゐるのに退屈して、のこのこと村長の家へやつて来て、卓子のまへに容態ぶつて坐りこんだといつた恰好である。その鼻の下に濃い短かい髭がツクツクと突き出てゐるのが、煙草の煙をとほして朦朧と見え隠れするので、この蒸溜人《こして》は納屋の猫の縄張りを侵して、※[#「鼬」の「由」に代えて「奚」、第4水準2−94−69]鼠《はつかねずみ》をとつて口に銜へてゐるのではないかとも思はれる。村長は主人《あるじ》らしく、ルバーシュカひとつにリンネルの寛袴《シャロワールイ》といつた服装で座についてゐる。彼の鷲のやうな独眼は、ちやうど春づきかかつた夕陽のやうに、だんだん細くなつて視覚がぼやけはじめる。卓子のはじには村長の与党の一人である村役人が、主人に対する敬意から長上衣《スヰートカ》を一著に及んで、煙管をスパスパや
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