しやあがれ!』つてんで、十字を切るより他はなかつたといふ!……ところがその女房にもやはり変なことがあつた。彼女が大きな桶で、捏粉《ねりこ》をこねにかかるとな、不意にその桶が踊りだしたのぢや。『これ、待て待て!』と呼んでも、いかなこと! 勿体らしく両手を脇にかつて、しやがみ踊りをやりながら、家の中ぢゆう踊りまはるのぢや……。お笑ひなさるが、祖父たちにはなかなかどうして、笑ひごとどころではなかつたのぢや。アファナーシイ神父が、村ぢゆうをまはつて、往還といふ往還に聖水《おみづ》を撒き、*灌水刷《クロピール》で悪魔ばらひをして歩いたけれど、なんの役にも立たなかつた。依然として長いあひだ亡き祖父の叔母は、夕方になると誰だか屋根を叩いたり壁をひつかくといつて、こぼしたものぢや。
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灌水刷《クロピール》 毛の長い、筆の形をした刷毛で、これに聖水を浸して人や物に撒りかける。
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 まだそれだけぢやない! 現在この村になつてをる土地は、まつたく平穏無事のやうぢやけれど、まだそんなに遠い昔のことでもないから、亡きわしの父はもとより、わし自身、
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